菊容子さん語録



text by:さかさん、たけのこさん、ジークフリートさん

菊容子さんの少女モデル時代・・・。

少女クラブ」は「少女フレンド」の前身にあたる雑誌で、昭和37年に休刊となり同年12月に「少女フレ
ンド」が創刊となるのですが、菊池洋子さんは昭和36年頃の「少女クラブ」に表紙モデルとして
活躍していました。
当時小学校5年生くらいだと思いますが、大人になってからの菊容子さんとはまた違った、あどけない表情が
誌面のあちこちで見ることができます。
*「少女に夢をあたえて」参照

当時の菊池洋子さんがお母さんについて語っている記事がありました。
(昭和36年の新年号)洋子さんは撮影の時にいつもお母さんが付き添っているのですが、お母さんのバックの
中にある目薬が気になる様子。
「ママね、すごくこわいのよ・・・」と洋子さん。
実は2学期に3回も教室で立たされたというおてんばな洋子さんに、お母さんは撮影中にいたずらでもしたら
泣くまで叱って、泣いて赤くなった目に目薬をつけて治してから撮影を・・・と用意しているのだそうです。
*「菊容子さん語録」参照
(情報提供・さかさん)

容子さんのCM・・・。

獅子てんや・瀬戸わんや司会の歌番組「家族そろって歌合戦」にて容子さんが出演されていたパロマガス器具の
CMが番組の合い間に放送されてました(番組のスポンサーはパロマ)。
CMの主な内容は「ただいまパロマでは、ご購入者の方に花の種の缶をさしあげます〜」と言ったような
ナレーションをバックに、キッチンでエプロン姿の容子さんと小さな女の子が並んで、料理か水仕事をしてます。
親子という役ところでしょうか?
ナレーションが終わり、容子さんと女の子が頬をくっつけるかのように缶をのぞきこみ、「あら!芽が!!」
と言う、容子さんの感嘆の声と、土から飛び出ている芽のアップでCMは締めくくられていたそうです。
(情報提供・ジークフリートさん)

テレビ朝日にて。

子供のころ新番組の何かの催しに母に連れていってもらった記憶があるのですが、朝日放送ABCホールに、
バルと菊容子さんがこられてました。
内容はかすかにしか覚えてないのですが、あんなに近くで、菊容子さんと同じ時をすごせた事に幸せを、
感じる今日この頃です。
(情報提供・たけのこさん)

「魔女先生」第10話で大阪ロケを行った際に東映主催による仮面ライダーと合同の番宣キャンペーンが
現地で行われたそうです。
大阪では仮面ライダーは毎日放送、魔女先生は朝日放送とキー局が異なりますが、同じ東映作品で
あることや集客効果も考えてジョイントさせたものと思われます。
(情報提供・さかさん)

連想ゲームと裏番組

S49年9月14日(土)の19時30分から20時00分に放送されていたデータです。
菊さんの他の出演者は、小林千登勢さんや木の実ナナさん、天地総子さん(縁を感じますねこれは)、
壇ふみさん、安達瞳子さん、植木等さん、内田喜郎さん、加藤芳郎さん、坂本九さん、三橋達也さんほかとの
紹介ですが男性陣が一名足りないので恐らくあとは田崎潤さんではないかと思われます。
裏番組は仮面ライダーX「立て!キングダーク!!」でした。

S48年11月17日(土)の19時30分から20時00分に放送されていたデータです
。出演者は・・・ゲスト菊容子さん、島田陽子さん、菅原洋一さん、湯原昌幸さんでした。
レギュラーは和田アキ子さん始め、壇ふみさんに三橋達也さん、坂本九さん、加藤芳郎さん、
天地総子さんです。
ちなみにこの当時の裏番組は毎日放送仮面ライダーV3「必殺!V3マッハキック!!」、関西テレビ
クイズグランプリなど。
また、毎日放送20時からはキカイダー01「秘境の激戦!!ザダム地獄の罠」とキューティーハニー
「夢を裂く黒い鋏」をオンエアしています。
その裏では朝日放送「8時だヨ!全員集合」フジテレビでは「肝っ玉捕物帳」でゲストに
ひし美ゆり子さんの名前が・・・。
そしてまた、21時からの朝日放送「アイフル大作戦」にはなんと森次晃嗣さんがゲストという。
なんとも面白いめぐり合わせの一日です。
(情報提供・岡崎龍二さん)

女優〜actress〜菊容子さん

時は映画全盛期。
そしてようやくTVが各家庭に普及した頃。
容子さんは当時の女優さんとしては大変珍しく”映画”ではなく”TV”に着目していらっしゃいました。
時代は映画からTVが主流になると先読みをされていたのではないでしょうか?
そして、容子さんは現代劇そして時代劇に多数助演されます。
容子さんは、やはり女優さんとしては大変珍しく主役にこだわらない女優さんでして、あくまで助演に
こだわりを持っていらっしゃいました。
それは後に「助演女優賞を獲得したい」とコメントまでされていらっしゃいます。
しかし、女優さんである以上、主役をやりたいという希望があったのではないでしょうか?
助演へのこだわりをコメントされていらっしゃいますが、敢えて主役に対する抱負を余り語って
らっしゃらなかったのは大変奥ゆかしく、また大変向上心の強い女優さんだったと思います。

容子さんが「魔女先生」出演以降、失速したとの声があるようですが・・・上記の説明に加え、次の記述を
ご紹介致します。
これは歌舞伎役者坂東玉三郎さんのHPより抜粋した記述です。
「歌舞伎の世界ではよく「昔と比べてどうだ」という議論がおきるのですが、そこにはある種の妄想もあると思います。
ただ、私は昔と比べられることに対して、こう考えるようにしています。
「昔はもっと良かったんだろうと思うことによって、より修行に励んだり、研究したり、勉強できる」。
そう考えると、「昔は良かった」と言われることは、悪い言い方ではない。いわゆる原点を探るということは、
実は探り尽くせるものではないのですが、探ろうとするパワーが、自分を向上させる。
また「昔は良かったんだろう」と思うことによって、現在に満足してはいけないと自戒し、ナイーブに探究する
ことが出来る。
「昔の歌舞伎」と今の自分の歌舞伎との距離感を、私はそう捉えています。」
いかがでしょう?どこにも主役に対するこだわりや露出が高い事=成功とは書かれていないですよね?
容子さんは「魔女先生」で主役だったという栄光に振り返る事無く更なる向上の為に「女優・菊容子」でありつづけ、
多数の作品に助演されたのではないでしょうか?それはかのミヤコ蝶々さんや水前寺清子さんが高く容子さんを
評価されているほどです。
そのまま全部を合わせて何かを演じるのが役者。
たとえどんな作品で,どんなに小さい役でも,その役にもそれぞれドラマがあるはず・・・
容子さんの女優論はそこにあるような気がします。


<追記>
容子さんは少女モデルの頃から石森章太郎先生の大ファンでして、石森先生の作品であります「変身忍者・嵐」
「人造人間キカイダー」に出演出来た事をとても喜んでいらっしゃったそうです。

本格的な恋がしたい十七歳

text:さかさん

TVガイド昭和43年8月2日号、容子さんが「でっかい青春」に出演時のインタビュー記事より。

「でっかい青春」の生徒役で、これからが期待されている菊容子。
遅れてホテルオークラのロビーに現われた。
開口一番「まだ食事前でお腹がすいているんです」ときた。
学校から家へかけ込んできたという感じである。
・・・・なににする?
「コーン・スープと野菜サラダとコーラ」を注文して、「少食に見えるでしょう」とニヤリ笑う。
「でっかい青春」では、クラス一の秀才の生徒。「秀才って気分がいいんですね。
もともと勉強より芝居の方が好きで、学校を休校しているのでそのぶん取り返したつもり。
でも秀才ってガタガタ騒げないからちょっとつまらない」サラダをむしゃむしゃ食べながらの話。
昭和二十五年九月二十六日生まれの十七歳。横浜で生まれ、横浜育ち。
二歳のころ、フジフィルムのモデルからそのまま子役として映画「城ケ島の雨」、テレビ「人生劇場」などに出演していた。
「子役のまま進んじゃうのはよくないと思って中学生になって一度止めたんです。
しばらくたったら、どうしても、また仕事がしたくなって、中学三年の秋にNHKのオーディションを受けたら見事に合格しちゃったの」
目が必要以上にキョロキョロ動く。ときどきオデコをさわる。ニキビがたくさん出ているのが気になるらしい。
「とにかく仕事が好きなので、少なくとも勉強やっているときよりは楽しいんです。だから今はなんでもやってみたい」
意地っ張りだと自認している彼女、去年の四月に横断歩道を歩いていて、ライトバンにはねられ、二週間入院した。
入院中にこれからは女優として生きていこうと決心した。
「庶民的な顔をしてるでしょう。(顔をつき出す)だからこれは勉強しなくちゃ一人前の女優にはなれないなあーと思ったの」
彼女の演技の批評家は今のところ両親。
「父はわりと甘いんですけど、母なんかにいわせるとあれが芝居ですか(顔をしかめて真似をする)なんていわれちゃうです。」
 六つのときから若柳流の踊りを習って、十五歳で名取りになった。
「早く踊りが生かせる芝居をしたいわ」
スターといわれるよりいい役者だといわれるようになりたい・・・・これも意地だという。
「でもあるていど謙虚でなくては駄目ですネ。あーいっちゃった。
この言葉を一度いってみたかったの」(テレながら顔を両手でかくす)無邪気である。
最後にちょっぴり十七歳らしいところで
「これから本格的な恋をしたいの」



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